スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
コミットメントと一貫性が意思決定を歪める? 【田中 雄】
 企業経営においてよく出てくる言葉にコミットメントという言葉があります。
 日産自動車のカルロス・ゴーン氏がこの表現を使い、その大切さを認識された
 方も多いのではないかと思います。

 また最近では、企業のトップが株主や顧客、従業員に対して、自らの果たすべき
 役割としてコミットメントという言葉を用いるのもよく目にします。

 皆さんは、コミットメントという言葉にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
 きっとネガティブなイメージより、ポジティブなイメージを持つ方のほうが
 圧倒的に多いように思います。(もしネガティブなイメージが強ければ、
 経営者はこの表現を使うことはないと思います。)

 コミットメントの定義とは、一般的に「将来の行動を現在決めて、
 それを必ず実行することを約束すること」とされています。

 一見、経営においてプラスにしか作用しないように思われるコミットメント
 ですが、行動心理学の観点から見ると、このコミットメントが経営における
 正しい意思決定を歪めることがあるとされています。

 なぜコミットメントが、経営の意思決定に対してマイナスに働くことがあるのか?
 その理由とは、常に「一貫性」を求める人々の心に関係しているようです。

 これを説明する言葉に“認知的不協和”という言葉があります。
 認知的不協和とは、自らが決めた考えや前提としている条件が、間違っていた
 ことを示す証拠に直面したとき、その人物が感じる心理的な葛藤やストレスを
 意味する言葉です。

 人はこのような不協和に直面すると、自己否定を行うことから逃避すべく、
 自らが下した判断や決定事項が正しかったと思うために、あらゆる詭弁を用いて
 自分の心をごまかす行動に出るそうです。

 コミットメントから派生する認知的不協和を強める要因には大きく下記の4つが
 あると言われています。

 1)自分で選択したこと
 2)第三者に説明責任があること
 3)すでに多大なコストを掛けていること
 4)みなと違うことをしていること
  (一般的な考え/常識から逸脱している等)

 上記のような条件がそろえばそろうほど、そのコミットメントの強さは高まり、
 自らが決めた“一貫性”を守るために正常な意思決定(中止したほうが良い/
 やりたくない)を歪めてまでも“やり続ける”という結果に繋がるということです。

 このことを示すものとして、以下のような実験がアメリカで行われました。
 ある一定のエリアに対して、大学の研究目的と称して「アメリカ癌協会の為に
 3時間ほど寄付を集めるボランティアに参加してくれるように依頼されたら
 どう答えますか」というアンケートを実施し、その数日後、実際にアメリカ癌協会が
 ボランティアの依頼をそのエリアに電話で行ったところ、通常の8倍以上の数の
 ボランティアが集まったそうです。

 これは、アンケートという仮想の解答で回答者の「ボランティアに参加する」
 というコミットメントを引き出し、本来であれば参加を希望しない人々においても、
 自分の中の“一貫性”(自分で決めたこと)を守るべく、通常であれば参加しない
 ボランティア活動に参加する意思決定をしたということです。

 この実験では、結果としてボランティアの数が増えるという良い結果に結びついて
 いるので問題はないのですが、コミットメントをすることにより、本来進むべき道
 (自分が本当に選択したい道)を歪めてしまう可能性があることは確かなようです。

 コミットメントとは、一見とてもポジティブな印象を与え、マイナスとして
 作用することは無いように思われますが、現実の世界ではその印象とは、
 大きく異なるところもあるようです。企業経営において“コミットメント”を
 用いる際は、このようなメリットとデメリットを十分認識した上で、
 注意深く活用する必要があるのかもしれません。
スポンサーサイト
[2010/10/22 14:35] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
通念の裏側 【田中 雄】
ものごとの本質を見抜くということは、コンサルタントのみならず、
ビジネスの現場ではとても重要なことであり、それを誤ると大きな失敗や損出を
招くことがあります。
今回はある学者(スティーヴン・D・レヴィット)がひとつの“通念”を覆し、
真実を見つけ出した話を書きたいと思います。

1995年に犯罪学者の権威であるジェイムズ・アラン・フォックスは、
アメリカの司法長官に対して、ティーンエイジャーによる殺人事件は急増すると
予測したそうです。その予測によると今後の10年間で、楽観的にみても犯罪率は
15%増加し、悲観的な数値だと100%の増加に達すると予測したそうです。
このような予測をしたのは彼だけではなく、その他の犯罪学者や政治学者も
この予測を概ね指示する予測をしたそうです。

しかし、その後の実際の犯罪数の推移を見てみると、犯罪は増えるどころか
どんどん減少し、楽観的な(増加)予測の15%どころか、2000年までの5年間で
ティーンエイジャーの殺人率は50%以上減少してしまったそうです。

殺人事件の数だけでなく、暴行から車泥棒まで、その他の犯罪もほぼ同水準で
減少し、1995年時点における多くの学者たちの予測を(良い意味で)裏切る
結果となったそうです。

なぜ犯罪は減少したのか?犯罪数が増加すると予測した学者たちは、
こんどはその理由を必死で見付けたそうです。
そして、その理由として上げたものには、“この時代の好景気のせいで
犯罪が減った”や“銃規制が広まったおかげ”、“ニューヨーク市で導入した
画期的な取締り戦略が功を奏した”といったような説明をしたそうです。

これらの説はとても耳あたりがよく、人々の具体的な努力(自分たちの力)により
犯罪が減少したという“前向きな認識”を含んでおり、あっという間に世間に
広まり、これらの理由が“通念”として一般の市民に定着し、このことに
疑い持つ人はほとんどいなかったそうです。

しかし、残念ながら、犯罪が激減した本当の理由は、他にあったということが
後日、スティーヴン・D・レヴィットという学者により解明されました。
その理由とは1973年に米国で制定された「中絶の合法化」にあったそうです。
1973年以前においては、米国内において中絶することは違法であり、
人々は中絶することが基本的に出来ませんでした。その為、育つ環境において
決して恵まれていると言えない多くの子供たちが出生していたそうです。

もちろん、これらの子供たちの全てが犯罪者になるわけではないのですが、
恵まれた環境に育った子供たちと比べると犯罪を起こす確率は飛躍的に高く、
結果として米国におけるティーンエイジャーの犯罪率を押し上げていたそうです。

1995年から2000年にかけて、ティーンエイジャーの犯罪が劇的に減ったのは、
銃規制でも好景気でも市の治安戦略のせいでもなく、1993年に制定された
「中絶の合法化」によってもたらされた結果であるという訳です。

著者がここで言いたいのは、“通念の恐ろしさ”です。今回は、間違った
犯罪学者たちの言い訳も手伝ってか、耳あたりの良い、いかにももっともらしい
説が一般の人々の間に「通念」として定着してしまい、ほとんど全ての人々
(政治家や学者などの知識人も含む)がこれを信じ、犯罪撲滅の為の間違った
施策を立てることにより、多くの予算が無駄に消えてしまいました。

通念を疑うことは大変難しいことであると思います。それは、自分では
無意識のうちに打ち立てられた常識であり、気がついたときには既に
自分の中に存在している認識だからです。

厳しいビジネス環境を生き抜く為には、“知識人がそう言ったから”や
“通念として信じられているから”ということで鵜呑みにするのではなく、
“何かおかしい・・・”と感じたときには、自分の頭で考え、疑ってみる
必要があるかもしれません。

皆が信じて疑わない“通念”の裏側(本当の答え)に気付いたとき、
そこに本当のビジネスチャンスが隠れているのかもしれません。
[2010/09/10 11:30] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
人は隙間に苦痛を感じる:隙間理論 【田中 雄】
 人が学習するときとは、どんなときだろうか?

 多くの企業で研修企画する際に、企業側の悩みとして挙げられる項目に、
 参加者の学習意欲が上げられる。これは、企業だけに限らず、学校で勉強する
 子供たちにも同じことが言える。

 この疑問にとてもシンプルに答えた人がいる。カーネギー・メロン大学の
 行動経済学者であるジョージ・ローウェスタイン教授である。
 氏によると、人が学習しようとするとき(何かに興味を示すとき)とは、
 自分の知識に隙間を感じた時だという。

 彼曰く、知識の隙間は人に苦痛を与え、何かを知りたいのに知らない
 というのは、どこかが痒いのに掻けないのと同じだという。

 この苦痛を取り除くためには、知識の隙間を埋めなくてならないことになる。
 氏は隙間理論を説明するのに、ピカチュウの世界的ヒットを例に出して
 説明している。

 ピカチュウには無数のキャラクターが存在する。全く興味のない人
 (知識を持たない人)にとっては、知らないことは苦痛にはならないが、
 少数のキャラクターを知りだす(知識に隙間が発生する)と他のキャラクター
 (自分の知らないキャラクター)の存在がとても気になり、
 それを知らないことが苦痛に変化するという。
 この“少しキャラクターを知る”(少しの情報を得ることにより隙間が
 発生する)というのが人の興味や学習意欲を高めるポイントらしく、
 この隙間を上手く作ることが好奇心を引き立たせる為には、とても重要で
 あるのだそうである。

 もう一つの例として、この隙間理論を活用し、人々の興味を惹きつけることを
 しているものがある。それは甲子園の高校野球中継において試合前などに
 行われる学校案内がそれである。

 高校野球とは、もともと地元の高校が全国大会に出るということで視聴率を
 上げていることもあり、自分の地元もしくは関連する高校が出ない限り
 その他の高校の試合を見ることはないとされていた。

 しかし、試合前に学校の様子やその地元(町)の様子、生徒たちの日常生活、
 練習風景をほんの少し流すだけ、視聴者の中に情報の隙間を発生させ、
 そのことがこの高校(生徒達)のことをもっと知りたい、試合の結果を
 知りたい、という欲求にかわり、視聴者には全く関係のない高校の試合も
 見させる結果に繋げているのだという。

 この隙間理論は、教育の場でも活かされている。それは賛成派と反対派に
 グループを分け討議させることにより、互いに知らない情報を与え合うことで、
 それを情報の隙間として活用し、“自分とは違う意見の存在”に興味を持たせ、
 探求させるという方法である。この手法の成果は、グループの中に反対者が
 存在しないグループと反対者が存在するグループとではその探究心
 (真実をつきとめようとする興味)に大きな差が生まれることでも実証されている。

 このように、人は情報の隙間を発見するとその隙間に苦痛を感じ、
 その隙間を埋めようとする。全く無知の状態(情報がない状態)では、
 興味を示さないものの、少しの情報を与え隙間を構築することにより興味を
 与えることが可能になる。そう考えてみると、この隙間をいかに上手に、
 興味をそそるよう構築するかが、指導者としての腕の見せどころなのかもしれない。
[2010/08/20 11:30] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
大人の学習とは・・・ 【田中 雄】
 企業が集合研修を考えるとき、最初に考えることはその効果にあると思います。
 どの企業においても研修実施の目的は何かと問われれば、最終的には
 「業績の向上」であるというのは営利を目的とした法人であれば当然のこと
 であるといえます。

 しかし、その思いとは裏腹に、実際の研修の現場を見てみると、参加者の
 学習意欲が低く、研修を企画した教育担当者の頭を悩ませていることも
 多いようです。

 このコラムの読者の方々の中にも、会社で企画された研修に嫌々出席した経験の
 ある方が多くいらっしゃるのではないかと思います。斯く言う私も、若いときに
 会社から受けさせられた!?研修には、その類の研修も少なくありませんでした。

 なぜこのようなことが起こるのでしょう?社会人になると学ぶのが嫌になので
 しょうか?このことを調べていくと、実は人の学習に関する研究は、子供を対象
 としたものがほとんどで、大人の学習についての研究は少なく、その歴史も
 50年程しかないそうです。

 そんな中、大人の学習についての第一人者である教育学者、
 マルカム・ノールズ氏の研究「アンドラゴジー(成人教育論)」を見てみると
 大人の学習の特徴には、以下の6つの特徴があると言われています。

 1)大人の学習者は実利的である
 2)大人の学習者は動機を必要とする
 3)大人の学習者は自律的である
 4)大人の学習者は関連性を見出す
 5)大人の学習者は目的志向性が高い
 6)大人の学習者には、豊富な人生経験がある

 これをみると、大人は子供に比べ、多くの知識や経験を積んでいる分、
 なかなか素直に学ぼうという姿勢にはならないようです。

 確かに、子供に九九を教えるのには「とにかく覚えなさい!」で済むかも
 しれませんが、大人に教えるとなるとそうはいきません。なぜ九九が必要なのか?
 九九を覚えることによりどのような実利が得られるのか?
 自分の仕事とどんな関係があるのか?
 九九を覚えるにしても、もっと上手な方法があるのではないか?などなど・・・・
 なかなかすんなりはいかないことが容易に想像がつきます。

 少し視点を変えて、個人の学習のプロセスについて考えてみたいと思います。
 個人の学習には外的刺激(集合研修など、本人の意思とは関係なく
 実施される学習)と内的刺激(自らを見つめ、自分自身が必要と感じ実施する学習)
 の2通りがあります。

 ご想像の通り、外的刺激による学習より内的刺激による学習のほうが
 その効果は高く、逆にどれだけ教育を受けさせても内的な刺激(自らが学ぼうと
 する意思)がなければその効果は微々たるものとなるでしょう。

 それでは、どうすれば内的刺激による学習を促し、より学習効果を高めることが
 できるのかということになると思います。

 マングローブでは、その一つの解として、参加者が変化の必要性を自ら認識し、
 必要に迫られる環境をつくることにあると考えます。
 そしてその方法としてオルターエゴという360度評価プログラムを実施し、
 参加者の内的刺激を効果的に活用しながら学習効果を高めるプログラムを
 構築しています。

 研修において、プログラムの内容はもちろん重要ですが、それと同等に研修の
 実施方法や参加者の学習意欲をいかに高めるか(刺激するか)ということも
 重要であり、研修効果を高め、成功に導くのには必要不可欠な要素の一つで
 あると考えています。
[2010/07/23 11:30] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
【組織変革における研修の活用】 財田卓治
中小企業では、体系的に継続的に研修を実施している会社はなかなかありません。
新人研修以外に研修を実施したことがない、もしくは研修と呼ばれるものを行ったこともないという会社もあります。
中小企業では、分業が想像以上に進まず、特に上位のポジションにいる社員ほど一人何役もこなさなければならないのが実情でしょう。そんな状況において、定期的にかつ時間をかけて一人の社員に対して様々な研修を実施することは困難で、仮に網羅的な教育体系を導入したとしても実質的に運用できていないのはよくあるケースだと思います。


事業、経営が順調であれば大きな問題はないかもしれませんが、変革期にある企業においては、組織体制、組織の仕組み・基盤を再構築することと合わせて、「研修」というものを組織変革に活用することが効果的であると考えます。
特に、研修らしい研修が実施されていなかった企業においては、研修を開催することが大きな組織変革のメッセージとして作用します。

・ 研修の目的を一つに限定せず、間接的・暗黙的な効果も含めて一石二鳥、三鳥の目的を考える
・ 各階層・各ポジションで求められるスキルを高めることは当然のことながら、スキルアップのプログラムだけではなく、それぞれの立場で会社のことを考えるプログラムを盛り込む
・ 研修に参加する社員だけが研修の対象者ではなく、参加しない社員に対しても、研修が行われていること、その研修の目的を告知し、研修参加者に対してアドバイスをする、研修後の研修報告を部署単位で実施するなど直接的・間接的に全社員を研修に巻き込む
・ 一過性の研修に終わらせず、全社的に年に1、2回、数年かけて全社員が何かの研修に参加するといった頻度でもいいので、無理のない範囲で継続して実施する
・ 研修のコンテンツ、プログラムは固定化せず、研修対象者、事業環境、その時々の会社の問題・課題にあわせ、柔軟に作り変える


上記のような観点を持って研修を行っていくことで、中小企業においては「研修」を組織変革のツールとして活用できるでしょう。
行き当たりばったりで研修を行うことはよくありませんが、体系的に総花的に構築した上で研修を実施しなくとも、常に進化させていくという意思をもって研修に取り組めば、部分的、頻度が低い研修の開催であっても、「研修」が組織変革に大きく寄与するものであると考えます。
[2009/07/31 09:37] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム | 次のページ>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。